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東京地方裁判所 昭和39年(行)67号 判決

原告 岩切勉

被告 法務大臣

訴訟代理人 小林定人 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原告が被告に対してした、司法書士認可申請に対する大阪法務局長の不作為についての審査請求に基づき、被告が昭和三九年八月八日付でなした裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は大阪市西成区花園町二七番地司法書士彦坂正三事務所において事務員として勤務するかたわら、同所に事務所を設置して行政書士の業務に従事するものであるが、昭和三九年五月一二日大阪法務局長に対し司法書士認可申請をしたところ、原告については、後述二の4において述べるような理由により、あらためて選考試験を実施すべきでないにもかかわらず、同法務局長は同年六月二〇日及び同月二一日に選考試験を実施する旨通知してきたほか、なんらの処分をもしなかつた。そこで原告は昭和三九年六月一〇日被告に対し、右大阪法務局長の不作為についての審査請求をしたところ、被告は同年八月八日付で原告の審査請求を棄却し、同月一二日原告に送達した。

二、しかしながら、右裁決には次に述べるような瑕疵があり、違法であるから取り消されなくてはならない。すなわち、

1  本件裁決書の謄本は被告庁の補助機関である民事局長の作成したもので、原告に対するその送付も同局長によつてなされた。しかし、裁決の送達は無方式な通知行為と異なり審査庁が審査請求人に対し示す判断の告知方法であるから、これをする者は自ら国のために意思を決定表示する権限を有する行政官庁たる被告に限られるべきである。また、本件においては被告と郵便行政官庁との間に郵便引受の契約がなかつたから、たとえ、裁決書の謄本が原告に列達しているとしても、この送達手続には瑕疵があることが明らかである。

なお、本件裁決書の謄本は四葉紙をもつて編綴されているが、各綴目には謄本作成者の公印による契印がされた形跡がない。これは謄本としては不完全であり、ひいては謄本送達の瑕疵となるものである。

2  行政不服審査法第四一条第一項は、裁決は書面で行ない、かつ、理由を附さなくてはならない旨規定しているところ、原告は被告に対し「大阪法務局長が司法書士法第四条に規定する司法書士の認可の選考にあたつて選考試験を実施することは、その選考基準が法律上なんら規定されていないから違法である」旨主張したにもかかわらず、これについての被告の判断はなんら示されていない。したがつて、本件裁決には理由不備の違法がある。

3  司法書士法第四条第一項、同法施行規則第二条には、司法書士の選考について選考方法、選考機関に関する定めはあるが、選考基準については何の定めもない。司法書士の認可の選考が、たとえ競争試験によつて行なわれるとしても、選考基準が定められていないときには、選考機関の恣意によつて選考が行なわれる虞れなしとはしない。このように選考基準が法律上なんら定められていない選考は、それ自体違法というべきである。被告が本件裁決にあたつて前述のとおり、この点の理由を示さなかつたのは選考基準が法律上明記されていないことを自認しているからであるが、これを素直に認めて選考を違法としなかつたのは法律による行政に反し違法というべきである。

4  原告は昭和二八年八月七日から昭和三三年一二月二五日迄の間大阪法務局長の認可を受け、かつ、大阪司法書士会の会員として司法書士の業務に従事していたところ、昭和三一年法律第一八号附則第二項の規定により大阪法務局長の選考による認可を受けた司法書士とみなされたのであるが、昭和三三年一〇月二日懲役一〇月執行猶予三年の有罪判決が確定したため、同年一二月二四日大阪法務局長から司法書士法第一一条第三号、第三条第一号により右認可の取消処分を受けた。しかし、原告は右執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過し、かつ、その後二年を経過した。したがつて、原告の司法書士欠格事由は消滅したのであるから司法書士の認可再申請をした以上、法務局長はこの欠格事由の消滅の有無のみを審査すべきであり、司法書士法第二条の要件及び司法書士としての適否についてまであらためて審査するのは既得権の侵害である。しかるに被告は本件裁決において「欠格事由の生じたことにより司法書士認可取消の処分を受けた者が再び司法書士の認可を受けるためには、新たに司法書士法第四条第一項及び同法施行規則第二条に規定する選考を受けなければならないのであつて、この場合の選考について法務局又は地方法務局の長は、あらためて同法第二条及び第三条に規定する要件の有無及び司法書士としての適否を審査する必要があることは当然であり、認可取消処分の事由となつた欠格事由の有無のみを審査すれば足りるものではないことは明らかである。」とした。

よつて、本件裁決はこの点においても違法である。

三、以上のとおり、本件裁決は、その手続及び内容において違法であるから、原告はこの取消しを求めるものである。

原告は右のとおり主張し、証拠として甲第一号証の一、二を提出した。

被告は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項中、原告がその主張の場所に事務所を設け行政書士の業務に従事していること、原告がその主張の日に大阪法務局長に対し司法書士認可申請をしたところ、同法務局長がその主張の日に選考試験を実施する旨通知したこと、及び原告が被告に対しその主張のような審査請求をし、被告がこれを棄却して、原告主張の日これを原告に送達したことは認めるが、原告が司法書士彦坂正三の事務員であることは知らない。その余の主張は争う。

二、請求原因第二項の1のうち、本件裁決書の謄本が被告庁の民事局長により作成され、郵便により原告に送付されたこと、及び右謄本に契印がないことは認めるが、その余の主張は争う。2のうち原告が被告に対し原告主張のような違法事由を申し立てたことは認めるが、その余の点は争う。3は争う。4のうち、原告がその主張の期間大阪法務局長の認可を受け、かつ、大阪司法書士会の会員として司法書士の業務に従事していたものであり、昭和三一年法律第一八号附則第二項の規定により大阪法務局長の選考による認可を受けた司法書士とみなされたものであること、昭和三三年一二月二四日大阪法務局長が原告に対し原告主張のような理由で司法書士認可の取消処分をしたこと、及び本件裁決書の理由に原告主張のような記載があることは認めるが、その余の主張は争う。

三、被告の主張は別紙記載のとおりである。

被告は右のとおり述べ、甲第一号証の一、二の各成立は認めると述べた。

理由

一、原告が昭和三九年六月一〇日被告に対し、大阪法務局長の原告の司法書士認可申請についての不作為に不服があるとして、審査請求をしたところ、被告が同年八月八日付でこれを棄却し同月一二日原告に送達したことは、当事者間に争いがない。

二、原告主張の本件裁決の送達手続の瑕疵について(請求原因二1)。

本件裁決書の謄本が、被告庁の民事局長により原告にあて送付されたことは当事者間に争いがないが、裁決書の謄本を郵便に付して審査請求人に送付する行為を誰がなすべきかは、審査庁の事務処理上の便宜の問題であり、審査庁自らこれを送付しなくてはならないという理由はないから、被告庁の補助機関である民事局長が本件裁決書の謄本を送付してなした送達に何らの違法はない。原告は本件裁決書の謄本の送付について郵便官庁と被告との間に郵便引受の契約がなかつたから送達手続に違法がある旨主張するようであるが、行政不服審査法第四二条によれば、裁決の送達は原則として、「送達を受けるべき者に裁決書の謄本を送付することによつて行なう」こととなつており、本件においては現に郵便により裁決書の謄本が原告に送付されていることは、原告の認めるところであるから、右の主張が理由のないことは明らかである。なお、原告に送付された本件裁決書の謄本に作成者である民事局長の契印のないことは当事者間に争いがないが、契印は書面の一体性を担保するものであるから、契印を欠き謄本が原本の内容と異なつているような場合は格別、謄本として内容が原本と同一であり、その一体性に疑いのない以上、契印を欠いたからといつてこれが裁決の送達についての瑕疵となるいわれはない。

三、裁決に理由不備の違法があるとの主張について(請求原因二の2)。

原告が被告に対し、本件審査請求に際し「大阪法務局長が司法書士法第四条に規定する司法書士の認可の選考にあたつて選考試験を実施することは、その選考基準が法律上なんら規定されていないから違法である旨」主張したことは当事者間に争いがないが成立に争いのない甲第一号証の一によると、本件裁決には、法務局又は地方法務局の長が司法書士の認可の選考にあたつて、筆記試験、口述試験、身体検査その他の調査方法を実施することはなんら違法ではない旨被告の判断が示されており、これにより、被告は、現行司法書士法の下で、公正な選考方法として、右のような試験を実施することはなんら違法でないとの趣旨を、原告の右不服理由に対する答えとして示したものと解されるので、この点について原告主張のような理由不備の違法はない。

四、原告主張の違法事由34(請求原因34)について。

原告の右の点についての主張は、いずれも本件裁決の手続上の違法その他裁決固有の違法を主張するものに該当しないから、主張自体理由がないといわなくてはならない。(行政事件訴訟法第三八条第四項、第一〇条第二項)

五、以上のとおり、本件裁決には原告主張のような違法はなく、その他の点について適法要件を具備することは原告の明らかに争わないところであるから、被告の本件裁決は適法と認めなければならない。

よつて、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙)

被告の主張

本件裁決には、次に述べるとおり、原告主張のような違法な点はなく、全く適法なものであるから、原告の請求はすみやかに棄却さるべきである。

一、(裁決の送達の瑕疵の主張について)

原告は、原告に対する本件裁決書の謄本の送付が法務省民事局長によつてなされたことをもつて同局長が裁決を送達したものであるとして、送達の手続上の瑕疵があると主張される。

しかしながら、本件裁決の送達は、被告の意思決定に基づいて、審査請求人たる原告に裁決書の謄本を郵送してなされたものでそこになんら瑕疵はない。もちろん、裁決書の謄本を郵便に付する事実行為は、所管の法務省民事局の係官が被告の補助者としてこれをなしたのであるが、このことは本件送達が被告によつてなされたというになんらの支障を来すものではない。すなわち、審査庁が裁決をした場合、その裁決書の謄本を作りあるいはこれを郵便に付して送付する行為まで審査庁自らしなければならないものではない。これらの行為はまさに被告の補助者である民事局係官の担当する事務である。しかうして、民事局係官が裁決書の謄本を原告に郵送するにあたつて、封筒の名義を法務省民事局長と表示することは事務処理上別段差支えないことである。なんとならば、裁決書の謄本を郵便に付するにあたつてそれをいれた封筒の裏面に裁決庁を表示するか、裁決書の謄本の作成者名を表示するか、あるいは単に所管局名(例えば民事局)だけを表示するかの如きは事務処理上の便宜の問題であり、その表示を必ず裁決書に合致させ、審査庁を表示しなければ送達として違法の瑕疵があるということにはならないからである。また、裁決書の謄本に契印のないことは、裁決の効力に影響を及ぼすものではない。

二、(裁決の理由不備の主張について)

原告は、原告が審査請求人として「大阪法務局長が司法書士法第四条に規定する司法書士の認可の選考にあたつて選考試験を実施することは、そもそも、その選考基準が法律上なんら規定されていないから違法である」と主張したのに拘らず、本件裁決にはこれに対する判断がなんら示されていないから理由不備の違法があると主張される。

しかし、本件裁決には、法務局又は地方法務局の長が司法書士の認可の選考にあたつて、筆記試験、口述試験、身体検査その他の調査方法を実施することはなんら違法でない旨の被告の判断が示されているから、原告主張の如き理由不備の違法はない。

三、(欠格事由の有無のみを審査の対象とすべきであるとの主張について)

原告は、欠格事由の生じたことにより司法書士認可取消の処分を受けた者が再び司法書士の認可申請をなした場合には、これに対し法務局長が行う選考は欠格事由の消滅の有無を審査する限度に止めるべきであつて、それ以上に司法書士法第二条の要件及び司法書士としての適否についてまであらためて審査するための選考試験を実施することは既得権の侵害であり違法であると主張される。

しかし、この点に関する原告の主張は、本件裁決の手続上の違法その他裁決固有の違法を主張するものに該当しないから、主張自体失当である(行政事件訴訟法第三八条第四項、第一〇条第二項参照)。

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